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井本史夫

井本史夫(いもと ふみお)
横浜市青葉区にある井本動物病院の院長先生。1945年、兵庫県三木市生まれで、帯広畜産大学卒。3歳よりネコと寝起きを共にし、小学生から中学生のころの泳ぎ相手はイヌ。 大学時代はアパートでウサギを飼育、研究室ではニワトリの世話をし、走っているウマの応援が好きな虎ファンと、まさに動物づくしの人生を送っている。著書に「集合住宅でペットと暮らしたい」(集英社)「間違いだらけの室内犬選び・育て方」(講談社)など。
井本動物病院HP
http://imoto-ahp.com/

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2010年3月

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雪降る夜はすべもなく

 通勤の電車trainに乗っている時間が、27分です。

往復とも本bookを読むか、マンウオッチングか、どちらかです。

お金の乏しいときは、本棚をかき回して、手にした本を鞄の中に入れます。

今日の本は、「要説 万葉・古今・新古今 教科書準拠版」・・・・なんでこんな本が。

初版発行は昭和38年、178版発行のこの本は、昭和62年発行です。

ということは、娘の本ですな。

・・・で、けっこうおもしろい。

字が小さくて苦労しますが、フムフム と、思いながら読んでいます。

「風まじり 雨降る夜の 雨まじり 雪降る夜は すべもなく 寒しくあれば 堅塩を とりつづしろひ 糟湯酒 ・・・・・」

山上憶良の貧窮問答歌
 です。

snow雪降る夜はすべもなく・・・・か 

また 降りますね・・・・

いまどきの 実家

今朝、通勤途中に、中島京子さんの本を読んでいたのですが。

「実家」という言葉の、いまどきの意味を説明している箇所がありました。

今は、「未婚女性が生家を実家という、たとえ、同居していても」 いうのだそうですね。

男も自分の生家を実家と呼ぶんだそうです。

ワタクシは、「結婚している女性が、自分の親の家を実家という」 と思っていたのですが・・・・。

それは、どうも「博物館入りの常識」だそうで・・・・・。

今までも、若い女性と話をしていて、「実家」という言葉の使い方が変だな と思ったことはあったのですが、

注意するほど親しいわけでもなく、話の辻褄があえば、それはそれで話は流れていくわけで・・・。

ワタクシの頭の中では、実家というのは女ことばではないけれど、女性が使う言葉でした。

じゃ、男のオマエは、親の家をなんていうんだ、と言われれば、そのときにより「親の家、生家、ふるさと、郷里(きょうり)、故郷」・・・でしょうか。
これは、親から離れた大学時代から変わりません。





内田百間先生

 最近、電車の中で読んでいる本は、「内田百間先生もの」です。・・・百間のケンという字は、ほんとは門ガマエに月なんですが、パソコンでその字が出せないので、百間先生と書かせて頂きます。お許し下さい。

 ちょっと前まで、瀬戸内寂聴さんの源氏物語も並行して読んでいたのですが、今は、百間先生一本。

 そうなった理由は、百間という名前が、ワタクシが幼い頃に毎夏過ごしていた、岡山県は、母の実家のそばを流れる百間川から名付けたということで、非常に親しみを感じているからです。
 彼も岡山出身なんですな。ぼっこー、きょーてい・・・の。

 それに、鉄道好きtrainで、猫好きcat、ちょっと頑angryで、借金まみれdollarと、共通点が多いところも気に入っています。

 同類というには、烏滸がましくて失礼にあたりますので言えませんが、ま、読んでいてホットできるんですね。

 阿房列車にいっしょに乗っているヒマラヤ山系fujiと呼ばれる人も気になるし・・・。
 

赤頭巾的認識方法の悲劇

 宮川俊彦さんという寓話作家・教育評論家がおられます。
 その方の「ウサギとカメ」(未知谷発行)という本の中に、次のような箇所があります。

 赤頭巾は狼がおばあさんに成り変わっているいるのを本当は一瞥しただけでわかっている筈なのに、それを再確認するために言葉に頼り、納得で終わろうとしている。

 中略

 「おばあさんなぜお耳がそんなに大きいの?」
 「よく聞こえるため」
 「なぜそんなに腕が太いの?」
 「お前を抱き締めるため」
 一問一答。こんな問答が続く。ここがこの話の一番大切なところなのだ。聞いて答えを待って、それで納得。自分で考えない。これは素直というよりバカだ。だから食べられる。


 こういう認識の仕方を、宮川さんは赤頭巾的認識方法の悲劇と呼んでいます。

 物事についてこういう理解の仕方をする人たちが、真実の追究をしはじめると止めどがなくなります。臭気判定師匠がエントリされてる「トレビアの泉」の件もそう。

 テレビの中の映像をすべて真実と考えるのは止めましょう・・・というのは、そういう方には無理でしょうから、対策として、これからは画面の下に嘘マークを入れてもらうことにしましょう。

 そうすれば、ちょっとは怒りも静まるのではないかと思います。

 1嘘〜5嘘くらいのレベルに分けて、マークはがいいかな、がいいかな、pig・・これはブタに失礼にあたるし・・・。
 番組で工夫していただいて、マークの数は作った人や会社の自己申告制にしましょう。正直度がわかりますし、嘘の許容度もわかります。

 どんなもんでっしゃろ。wink

四住期ってご存じ?

 ヒンドゥー教の教義では、人の理想的な一生を、四つの段階(四住期)に分けているそうです。

 学生期(ガクショウキ):訓練と教育の期間
 家住期(カジュウキ):社会で積極的に活動する期間
 林住期(リンジュウキ):俗世との縁を絶って森に退く期間
 遊行期(ユギョウキ):隠者となる期間


 ワタクシのイメージでは、森の中でヨーガをやっている姿と、インド映画に見られる世俗肯定の姿がドーも繋がらなかったのですが、人生のそれぞれの期間に対応しているようで、この話を本で読んでから、なんとなく納得しています。ちなみに、ヨーガはヒンドゥー教の一派だそうです。

 ワタクシは、この歳になってもまだ、家住期におり、早く林住期から遊行期へ移りたいと思っていますが、なかなかできかねます。ソーコーしている内に、林住期も遊行期も経験できず、いきなり、ゴリンジュウキ(ご臨終期)てなことになってしまいそうです。

 

方丈記

 行く川の流れは絶えずして、しかも、元の水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、・・・・って、例の鴨長明のホウジョウキです。

 うたかた(泡)の代表として、人と住まいが上げられています。
 方丈って言っているのですから、当然かもしれません。

 ・・・・。
 知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。・・・・

 無常観がついて離れないのは、日本人だから・・・でしょうか?
 と言いつつ、世俗の煩悩の中にドップリと身を沈めています・・・・